皆さんこんにちは、横路孝弘です。暑い日が続いていますけれども、いかがお過ごしでしょうか。
私は7月25日から8月2日までの間、ベトナムとカンボジアを衆議院の公式訪問団ということで初めて訪問いたしました。
ベトナム戦争が終わってからもう30年以上経って、ベトナムはすっかり復興しておりました。しかしながらやはり戦争の傷跡はありまして、ベトナム戦争の記念館がホーチミンにありますけれども、枯葉作戦による影響を受けた子供たちなどがまだまだたくさんいて、その治療のためのアメリカとの協力がようやくスタートしたということでした。
カンボジアではまず不発弾処理の現場を見に行きました。不発弾というのはベトナム戦争のとき、ベトナムとカンボジアで国境を接しているわけですが、アメリカ軍がその密林地帯にベトコンルートがあるといって、そこに爆弾を落としたんですね。
あるいはハノイに空爆に行って、ハノイが雲で下が見えなかったから帰りに適当に落としてきたらしいんです。それがプノンペンとかアンコールワットなどの周辺でして、私がその処理の現場で見たのは500ポンド爆弾で、B-52から落とされた非常に大きなものです。爆発しますと4〜500メートル四方に破片が散るということで、埋めてから1キロ近く離れたところからスイッチを押して爆破するんですけれども、いつ終わるのかと聞きましたら「100年はかかる」ということでした。この不発弾の処理にアメリカは一銭もお金を出さないし協力もしていないということなんです。
ベトナムは経済は非常に発展していまして、ハノイにはニトリ家具の工場がございましてそこを訪問いたしましたし、ホーチミンには札幌市西区にあるホテルヤマチのチェーンホテルがありまして大変好調なようでございます。
また青年海外協力隊の人々にホーチミンでも、ハノイでも、プノンペンでもお目にかかりましたけれども、北海道出身の女性の方が活躍していまして、どこにも北海道の出身者がいて活躍しているのを見て本当に頼もしく思いました。
ベトナムを含めたインドシナ半島全体の交通アクセスをどうするかということで、ホーチミンからプノンペン、そしてタイのバンコクへの道路の整備をして、インドシナ半島の南方のほうのいろんな交流を盛んにしようというのと、もうひとつは中国の広州とハノイが非常に近いんですね、300キロくらい。そこに高速道路を建設していて、そうすると中国南部からインドシナ北部のほうを含めた経済圏ができてくるということで、大変活気あふれるベトナムの街でした。
プノンペンは例のポルポトの虐殺があった後だけに、その後の混乱がようやく落ち着いて、いま新しい街の基盤づくりに取り組んでいるというところですが、プノンペンは道幅も広く、そして住宅もポルポトで破壊されたままかなと思いましたけれども、そうでもなくて落ち着いた静かな街でございました。
一方で農村の灌漑体制ができていないんですね。ですから農村の農業生産が上がっていないということで、これが上がってくるとカンボジアもかなり力を持つことになるのではないかなというように思います。
いずれにしてもインドシナ半島は平和的に安定した地域になるために頑張っているし、日本の経済協力も大変役に立っているということを実感して参りました。
アジア外交がいま本当に大事なときに、小泉さんの5年間の外交は何もしていなかった、ただアメリカに従ったという外交だったなという実感を、アジアに行きますと非常に強く感じます。
その後、私は広島と長崎の原爆の平和記念式典と、8月15日の終戦の記念式典に出席いたしました。広島、長崎の資料館を久しぶりに訪問しまして、あらためて原爆というのはもう長崎で終わりにしなければいけないと、そんな思いを大変強くいたしました。
暑い中でございますが、元気で頑張っております。ありがとうございました。
2006年8月18日
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